2011年1月15日土曜日

Mambo ya Masaa:時間感覚

今日、朝日新聞のニュースをネットで見ていると、こんな記事があった。
「東北新幹線トラブルで3時間。ダイヤ大幅な乱れ。」

先日のモンバサ旅行。ナイロビへの帰りのKR(Kenya Railways)の電車。
予定:出発19:00 到着 翌09:00
実際:出発19:00 到着 翌17:00

予定より8時間の遅れ。

打ち合わせのドタキャン、交通事情による大幅な遅刻が日常茶飯事のケニアでは、こんな8時間の遅れなんて何のニュースにもならないし、誰も文句も言わない。だって遅れることなんて計算のうちだから。

これが日本で起きてたら。。。

ただ事じゃない。

大学の異文化理解の授業で、各国の時間感覚を示したグラフを思い出す。

横棒があって、右端が”Punctual”、左端が”Not Punctual”

日本はドイツとならんで、横棒の右最端に位置していて、世界で最も時間に厳しい国として認識されている。
ブラジルとかのラテン系の国は左端にあったと思う。

もしケニアがこのグラフにあれば、左最端の”Not Punctual”を通り越し、きっと”Do not Mind at All”ぐらいいってるんちゃうかな?

時間感覚はその国の文化と諸事情が現れている。
小遣い稼ぎ目的でランダムに行われる警察のありえない交通検問。それに伴う絶望的な渋滞。自分の畑、家畜の世話などなど。

だからケニアの”Do not Mind at All”レベルの時間感覚も、仕方ない、時もある。

でも、もうちょっとTim Concernになれば、きっと色んなことがスムーズに進むのになぁ。

まぁ、こればっかりは国民性やから、しゃあないか。

2011年1月12日水曜日

Term Mpya:新学期

いよいよ今週の月曜日から新学期が始まった。

といっても日本のように始業式があったり、その日にクラス替えや、時間割の発表があったり、するわけではない。

ここはケニアっぽくpolepole(ポレポレ:ゆっくり)。

月曜日(新学期初日)
生徒たちが起きる時間は休暇ver.(7時15分)から学校ある時ver.(6時30分)になる。それ以外は休暇ver.と変わりなく、朝から子どもらに仕事を与え、それ以降、子ども達は完全放置。

火曜日(新学期2日目)
マネージャー、副マネージャー、その他の主任レベルのスタッフの会議が開かれる。そこで今学期の行事予定や方針などが初めて話し合われる。

12月に大量に来た30人以上の新入り生徒達のクラス分けを実施。

水曜日(新学期3日目:今日)
全スタッフ参加のミーティングがようやく開催される。
生徒をクラスの振り分けを発表。(前学期のテスト結果により進級か留年かが決まる。)
クラスが振り分けられるだけで、授業が始まるわけではない。
子どもは教室に行くが完全放置プレイ。

木曜日(新学期4日目:明日)
職業訓練の授業の日。
ざっくり短時間でオリエンテーション的な。
その後、子ども達は放置プレイ、きっと。

金曜日(新学期:5日目:明後日)
ようやく教科書、ノート、ペンの配布。
ようやく先生が今学期の授業計画を立て始める、きっと。
その間、子ども達は放置プレイ。

来週
ぼちぼち授業が始まる。。。

こんなポレポレな感じで新学期は始まります。
このポレポレに初めはイライラし、何で!?と思ったけど、
新学期を迎えるのはこれが2回目なので、「こんなもんなんだと」思えるぐらい。

これはケニアスタイルに順応してきた証拠だろうか。

一つ良い事もあった。
前学期のテストでSTD5(小5レベル)の生徒の過半数が読み書きが出来きない事が発覚。30名強の新入り君たちも11歳ぐらいの子が多く、読み書きが出来ない生徒もいるので、今までなかったSTD4(小4レベル)のクラスが作られた。
いわゆる、読み書きを徹底的に教えるSpecial Classだ。

12月にリリースされた生徒の中にも読み書きできない子もいたが、こんな生徒を一人でも少なくなれば素晴しい事だ。

前学期から引き続き、今日からまた朝練を再開した!
これから5時起きの生活が始まる!

起きるのはかなり辛いが、生徒と走った後の爽快感と朝焼けがたまらない!

Winners Never Quit.
Quitters Never Win.

Usisindwe na Mwenyewe! 自分に負けるな!
Audi yako ni Wewe Mwenyewe! 最大の敵は自分自身!

仮病の多い生徒達やけど、これを合言葉に毎朝、走ってます。

2011年1月5日水曜日

Mwaka Mpya 2011

明けましておめでとうございます!

昨年は本当に多くの人に出会い、多くの人に支えてもらい、
色々なことを学ばせてもらった1年でした。
日本の皆さん、ケニアの皆さん、ほんとうにありがとう!
今年もよろしくです!!!

今年、2011年も、もっと多くの人と出会い、一緒に笑い、怒り、喜ぶ。そんな一年にしようと思います。

年末年始は一週間ほど休みを頂き、同期隊員のいるモンバサへこれまた同期隊員と行ってきました!

モンバサからウガンダを繋ぐケニア唯一の鉄道"Kenya Railways"でナイロビからモンバサまで500kmの夜行列車の旅。
ナイロビを19時出発、モンバサ翌日11時到着(予定では9時到着)。



同期隊員とともにモンバサの海を満喫し、




魚と一緒に泳ぎ、


内陸では食べられない新鮮な魚介類に舌鼓を打ち、


マングローブの森で生命の力強さと美しさを学び、


新年は素敵なビーチで花火とともに祝い、
海から出てくる初日の出を眺め、


元旦にはモンバサ在住歴30年以上の日本人の方宅にお邪魔し、
餅入りのお雑煮、刺身、筑前煮を頂き、お正月気分を味わい、


帰りの電車は予定より7時間半遅れでナイロビに到着。
これもケニア旅行の醍醐味の一つかもしれない。
なんとモンバサ~ナイロビ21時間半の旅でした。

皆で、今年一年の目標を漢字一文字で表す大会も初日の出とともに開催されました。

 今年の目標は”樹”
大きな樹のように大地に支えられながら、色々なものを吸収し、
自分を創り、多くの実をつけ、色々な人が集い、
その人たちを繋げられるような一年にしたい!



バオバブの木


今年一年が皆さんにとって笑顔に満ち溢れた、飛躍の年になりますように!

2010年12月25日土曜日

運動会&HIV/AIDSワークショップ@ワムム

12月21&22日、同期のエイズ隊員とコラボしたHIV/AIDSに関するワークショップ&運動会を、配属先のワムム更生学校で開催しました。

21日:HIV/AIDSのワークショップ。

同期隊員たちが事前にコンドームを実際に使用した案を提案するも、Abstain(禁欲)が前提のケニアのHIV/AIDSに関する教育方針により、即学校側からNGをくらってしまった。

それでも本番はAbstainを前提とし、HIV/AIDSの基礎知識から応用編まで幅広くカバーした内容の濃いワークショップになった。





基本的に英語で行い、通訳は英語が堪能な生徒にしてもらうことに。

 生徒達も相当楽しんでました。
 

22日:クラス対抗運動会&HIV/AIDSクイズ。
ワークショップの翌日は運動会!
協力隊15名がはるばるワムムに駆けつけてくれた!

今回のテーマは”チームワーク”!
STD5,6,7クラスの3チームとJICA協力隊チームの4チーム!

競技種目も、綱引き、2人3脚、大縄、リレーなど全てチームワークを必要とするものにしてみた。

リレーでは完敗を喫するも、綱引きと2人3脚ではJICAチームが圧勝し、日本人の強さとチームワークを子ども達に見せつけた!

最終種目は日本国国技の相撲。
最後まで勝ち抜いたSTD5のチームv.s. JICAチーム。
先鋒は力自慢の生徒に敗れるも、次の横綱ABEDAS隊員のにはワムムボーイズなす術なく、完敗。





終わってみればJICAチームは第2位。

子ども達もかなり楽しんでくれたみたいで、運動会が終わったそばから、「次はいつやるの?」と、質問攻めにあいました。

学校の他の行事との関係で、練習不足だったワムムボーイズでしたが、彼らなりにクラス一丸となり頑張ってくれたのでないかな。

みなさん、是非またワムムへお越しください!

2010年12月24日金曜日

Harusi ya Rafiki:友人の結婚式

に、先日出席させてもらいました。

といってもケニアの友人ではなく、
大学時代からの親友の結婚式に。

式場は銀座。
私は今、ケニア。

原則、一時帰国が許されていない青年海外協力隊員。
ケニア~日本:往復¥15~20万。
直接、式場で祝福したかったけど、なかなか簡単ではない。
という事で、今回はskypeで、東京~ケニアの田舎をネットで繋いで出席してもらう事に。



ケニアで生活し、改めて実感するのは、ほんまに世界は広い。
どこまでも自分の知らない世界が広がっている。

でも、どんなに広くても、世界は一つ。
人種、言語、文化、国が違えども、私達は同じ地球という世界で生きているという事。

東から昇る日の出。西に沈む夕日。夜空に輝く月。
日本で皆が見ている太陽、月をケニアで私も見ている。

そして、どこに行っても、どこに居ても、どんだけ離れていても、どんだけ忙しくて連絡してなくても、いつまでも家族は家族、友人は友人。

常に自分の中にいて繋がっている、糸みたいに。

それが支えになり、モチベーションになり、今の自分を構成している。

まさ、ひーちゃん。ほんまにおめでとう!
 
 
 

朝、日本の結婚式に参加した後、昼からはケニアで近所の学校との交流試合。

2010年12月11日土曜日

Wajapani in Kenya:ケニアの日本人

ケニアで、いやアフリカで日々生活されている日本人の皆さんなら必ず一度は経験したはずでしょう。
I guess every single person, who is living in Africa has experienced at least once.

町を歩いていると、中国人と間違われる。
Africans recognise us as Chinese at first contact.

”おい、チャイニーズ!” "Hey, Chinese!"
”おい、ブルースリー!” "Hey. Blues Lee!"
”おい、チンチョンチャン!”"Hey, Ching Chong Chang!"
”おい、チンチェン!”"Hey, Ching Cheng!"

別に中国人と間違えられる事に問題はない。
I do not care they see me as Chinese.

私だってアフリカ人を見て、どの国、どの部族など見分けられない。
Because it same to me who is not able to say which country and which tribe they are from.

日本人、中国人、韓国人がそれぞれ似ているのも事実。
ただ、アフリカの人の生活に中国が溢れているからであろう。
靴、服、電化製品、バイク、生活雑貨、人などなど。
It is also undeniable truth that Japanese, Chinese and Korean, we all share similar ficial features.
It is simply because "Made-in-China" is all around in their daily lives in Africa.

と、今までは初対面の人には“兄ちゃん中国人か、それとも日本人?”と聞かれることが多かった。
So, it always happens to me to be asked  "Are you Chinese or Japanese?" by those who I met him/her for the first time.

しかし、ここ数日、初対面のケニア人の私に対する反応に変化が見られる。
However, I notice the reaction that Kenyas show when they see me is slightly changing nowadays.

マタツ(乗り合いタクシー)でも、市場でも、商店街でも、
In matatu, market, and shopping area, they ask me,

”兄ちゃんは中国人か、それともインド人?”
"Are you Chinese or Indian?"

”。。。。。”

私の日焼けレベルもついに東アジア級を超え、中央アジア級に突入した模様。
It seems that suntan level of mine has at last gone beyond the East-Asian level, and entered Central-Asia level.

1年半後には何級になっているんだろうか?
I wonder after one year and half, which level will I be.

2010年12月4日土曜日

Early Birds...:早起きは。。。

三文の得。ではなくつらい!
catch the worms. But being an early bird is not easy.

4:50a.m.に目覚ましがなった瞬間、一瞬頭によぎる。
「まだまだ寝たい!!!お腹が痛いことにして休もうか。。。」
The moment my alarm rings at 4:50 a.m., It comes across to me.
"Don't wanna get up. I could skip today due to stomachache."

外めちゃ暗いし!めちゃ眠いし!
本気で仮病を使おうか一瞬迷う。
Cos it's still too dark to go out and too sleepy to get up!
This thought gets closer to be real, for real.

でもやめられへん。
Even though, I get up





こんな素敵な朝日と、毎朝の朝練を楽しみにしてる生徒たちに会えるから。
Because I cannot miss to meet this beautiful sunrise and beautiful smiles of my boys.

彼らの多くがリリースまであと2週間ちょい。
最後までびしばし一緒に走っていこう。

I have only 2 weeks before most of them being released.
Keep running until the last seconds with them.