ラベル 独り言 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 独り言 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011年2月10日木曜日

Nilikuwa Nimepotea:迷子でした。

ケニアに来て7ヶ月が経ちました。2回目の学期も早くも半分にさしかかろうとしています。

今学期も毎朝の朝練、体育の授業、午後のサッカー、野球とそれなりに活動してました。それなりにルーティンができ、安定してきた感もありましたが、甘かった。

ある日ふと思ったのが、「今やってることって、全部自分一人でしかしてへんやん!このまま自分が帰国すると、今やってる事は何も継続されへんやないか!?」と。

確かに今、ワムムにいる子ども達に全力を尽くすこと。これは最重要項目。しかし、2012年に控えるケニア大統領選挙の関係で、私の後任が来ない可能性が高いのも事実。

そうなると、ワムム更生学校の体育の授業は指導者がいなくなり、私の前任者を含むJICAボランティアを受け入れる前の状況に逆戻りするのではないのか?

「ほんまにこのままでええのか?俺の活動はどこに向かえば良いのか?」と方向性を見失い、模索していた今日この頃でした。

ただでさえ事業仕分けで”青年海外協力隊(JOCV)”の在り方が問われ、ボランティア事業の予算が削られている昨今。このまま単発だけの活動していたら、蓮舫さんに「あなたがケニアに行って本当に役に立ったの?」と激しく問い質された時に、自信を持って「はい!」と答えられないだろう。

そんなこんなで悶々としていましたが、考えているうちに、ゆっくりと活動の大まかな方向性が見えてきた気がする。

①自分が帰国してからも体育、サッカーの指導が出来る体制作り。
②スタッフの5S意識改革。(書類の整理整頓を主に。)
③日本の学校との文化交流。

先ずはこれから取り組んでいこうかと。

まぁ、色々やってるうちにまた別のことも見えてくるやろう。
悶々と考えてるだけでは見えるもんも見えてこんしね。

2011年1月21日金曜日

Ubali:距離感

昨日は一日停電で、夜は何もする事ができず、20時に就寝。
ここMwea地区には水力発電所があるが、雨不足による計画停電なのか、何が原因かは分からない。

日本で停電なんて起きたら結構大事。
ケニアでは「あっ、またか」となれた感じ。電気湯沸かし器が使えず、料理、風呂などに支障はでるが、それほど困りはしない。

それにしても国によって人との距離感ってちゃうなぁ~!
(大木こだま師匠風。関西の人ならわかるはず。)

真面目な話、本当に違う。

日本は人に会う時は、会釈、お辞儀で挨拶をする。
欧米では握手、ハグ、ほっぺ同士のキスでご挨拶。
ケニアでは握手が基本。とりあえずその場にいる人全員と握手する。
ケニアでハグは基本的にない。あったとしても女性同士だけで、久々に会った時などの特別な場合。
男同士でも仲の良い同僚とは、単なる握手ではなく、ちょっと濃厚な握手をする。すごくノリの良い同僚とは胸同士を2回(片胸ずつ)ぶつけるハグに近い挨拶もする。

男女のハグは親子間、恋人同士が基本のようだ。

自己主張の面でも距離感の違いがでる。

日本では自己主張するときは、一歩ひいて、ちょっと控え目。
「和を以って貴しと為す」という聖徳太子の言葉があるように、全体の「和」を尊重するので、何か主張する時も、自分と異なる意見も尊重しつつ主張する事が多いと思う。(私のイメージですが。)
でも、頭ごなしに相手の意見を否定する事は少ない。

ケニアでは自己主張する時は、一歩前に出る。
日常生活でもこれは感じられるが、一緒にサッカーをするとすごく分かる。ボールを持つととりあえず自分でドリブルで仕掛ける。明らかな自分のミスでも相手に落ち度があると主張する、などなど。

注意して頂きたいのが、私が言いたいのは、ケニア人全員が前述のように自己中心的という事ではない。すごく周りに配慮があり、和を尊重するケニア人も数多い。「自己アピールの方法が上手い。」という事だ。

人は話している言語によって、人格とまでは言わないが、この距離感が変わる、という事がよくある。

日本人が英語を話している時は、日本語を話している時より、よりストレートに自分の意見を言ってたり、立ち位置などの物理的な距離感も近くなってたりする。

逆の場合もあり、欧米の人たちが日本語を話す時は、言葉だけではなく振舞いもいつもより謙虚になる。その姿が可愛かったりもする。

自分でもそれは感じる。
日本語で会話している時の自分、
英語で会話している時の自分、
スワヒリ語で会話している時の自分。
それぞれ色んな意味で距離感が違うし、無意識の内に使い分けているんやと思う。
スワヒリ語で日常会話している時は、日本語では笑わん様な普通の事でも、笑えたりもする。(これはマリ隊員っぽいって事か?笑)

文化も色々やけど、こういった言語的な文化もある。
なので、英語を話していても日本語的な文化を引きずったままだと、「ちょっとこの人、距離が遠いなぁ、何も言いはれへん静かな人なぁ」と誤解されたり、逆に日本語を話しててもスワヒリ語的文化で話すと「なんてこの人我が強いんやろか」と誤解される場合もある。

ただ単語や文法を覚えるだけが語学の勉強ではない。こういった言語的文化、距離の違いを理解する事も重要だ。

むしろこの文化と距離の違いを使い分けられれば、単語や文法なんて完璧じゃなくても、会話なんて全然成り立つし。

センター試験(マークシート方式)の英語で点数を取れても、実際に話せない。こんな生徒さんはきっと多いはず。
かといって言語だけ話せても中身、人格が空っぽなら意味がない。(自分の事の様で心苦しいが。。。)

前の勤め先の上司の受け売りだが、
「真の国際人になる為には、まず真の日本人でなければならない。」

これからもっともっともっと外に、世界に出て行かないと生き延びられない日本と日本人。

外を見て初めて内が見えてくる事も多い。

しっかりケニアを学び、日本を学んでいきたい。

2011年1月15日土曜日

Mambo ya Masaa:時間感覚

今日、朝日新聞のニュースをネットで見ていると、こんな記事があった。
「東北新幹線トラブルで3時間。ダイヤ大幅な乱れ。」

先日のモンバサ旅行。ナイロビへの帰りのKR(Kenya Railways)の電車。
予定:出発19:00 到着 翌09:00
実際:出発19:00 到着 翌17:00

予定より8時間の遅れ。

打ち合わせのドタキャン、交通事情による大幅な遅刻が日常茶飯事のケニアでは、こんな8時間の遅れなんて何のニュースにもならないし、誰も文句も言わない。だって遅れることなんて計算のうちだから。

これが日本で起きてたら。。。

ただ事じゃない。

大学の異文化理解の授業で、各国の時間感覚を示したグラフを思い出す。

横棒があって、右端が”Punctual”、左端が”Not Punctual”

日本はドイツとならんで、横棒の右最端に位置していて、世界で最も時間に厳しい国として認識されている。
ブラジルとかのラテン系の国は左端にあったと思う。

もしケニアがこのグラフにあれば、左最端の”Not Punctual”を通り越し、きっと”Do not Mind at All”ぐらいいってるんちゃうかな?

時間感覚はその国の文化と諸事情が現れている。
小遣い稼ぎ目的でランダムに行われる警察のありえない交通検問。それに伴う絶望的な渋滞。自分の畑、家畜の世話などなど。

だからケニアの”Do not Mind at All”レベルの時間感覚も、仕方ない、時もある。

でも、もうちょっとTim Concernになれば、きっと色んなことがスムーズに進むのになぁ。

まぁ、こればっかりは国民性やから、しゃあないか。

2010年10月27日水曜日

Umri wa Miaka 27:27 Years Old

10月25日、ケニアで誕生日を迎え、めでたく27歳になりました!
On October 25th, I turned into 27 years old here in Kenya.

日本、ケニアだけでなく、世界の色んな場所からお祝いの言葉を頂き、幸せな1日でした。

皆さん、ほんとうにありがとうございます。
こんな私ですが、これからも宜しくお願いいたします。
I would like to thank all of you who send me a beautiful birthday massage not only from Japan, Kenya but also from all the different of parts of the World.

27歳。すごく大人な響きがする。
この一年、しっかり中身も伴った男になれるよう、ケニアで精進していきます!
27 years old. It sounds I should be a pretty much grown-up.
Am I really as grown up as real 27 year-old guy should be? I doubt it.
I'll do my best in Kenya for this 1 year to be as grown-up, mentally mostly as  I should be.

27年間。もうそんなに生きてきたのか!!って改めて思う。
そして人生の27年目、ケニアで暮らしている。
For 27 years. I've come this far.
and in my 27th year of the life, I'm here in Kenya.

今の自分に至るには、今まで色々な人生の決断の時、好き勝手やらせてくれた父と母のおかげである。
Without unconditional support from my parents, I would never be able to stand where I am now,

ほんとうにありがとうございます。
親孝行はもうちょっと待ってな!
それを理由にそれまで、それからも健康で元気でいて下さい!
I do appreciate everything you've done for me, everything you've sacrifised for me.
Stay healthy and happy until I make it back to you one day.


高校、大学を決める時も、留学の為の試験を受ける時も、横浜で就職を決めた時も、ケニアに行くって決めた(決まった?)時も。
When I chose High & Uni, When I took exams for studying abroad,  When I dicided to work in Yokohama, When I dicided to quit my job and made a dicision (been already dicided though) to go to Kenya. Whatever my choices were, you let me do whatever I chose to do.

あの高校に行かなければ、あの大学に行かなければ、留学してなかったら、横浜で就職してなかったら、今の自分はここにいない。
What if I would have not chosen that High & Uni, What if I would have not dicided to study abroad in England, What if I would have not chosen that company to work, What if.....

I would never be standing right here.

全ての決断、そこで出会った素晴らしい人々、仲間がその決断をする勇気を私にくれた。そっと、時にはバンッと背中を押してくれた。
In the every choice I made, I've met so many wonderful soul mates.
Everytime I made a big dicision in my life, they always gave me courage to take one step forward.

そしてそんな彼らが今、自分が歩いている道を作ってくれた。
自分はその作ってもらった道を辿って来ただけなのかも知れない。
These guys are the ones who made my life path I should follow.
I've just follow that path they led me to.

「その”彼ら”って誰?」と思った方、その”彼ら”には、ばっちりあなたも含まれてますので、あしからず。
"Who the heck are 'these guys'?" you might think.
YOU are the one of these guys who gave me a hand to reach here!!!

そんな素晴らしい出会いに自分は恵まれた。本当にみなさんありがとうございます。
I have been blessed to meet you. Such a wonderful YOU. I appreciate you and someone up above us who brought me YOU to come accross in my life.

これからも5年後、10年後の自分像を描きながら、一歩ずつゆっくり歩いていきたい。
I will kepp taking my step one by one slowy focusing on MYSELF  after aging 5 years or more.

みなさんのこの一年も笑顔で溢れた素敵なものでありますように。
I wish all of you a beautiful and smileful year.
All the Best.

2010年10月17日日曜日

それでも地球は回っている:Even though, the Earth never stop turning

今、私はケニアにいる。

今、ケニアは10月16日 21時15分。夕食も終え、そろそろ電気消して寝ようかなとしているところ。

今、この瞬間、日本は10月17日 3時15分。寝てる人がほとんどだろう。でも歌舞伎町はまだネオンが眩しいぐらい光っているだろう。酔っ払いは路上で寝ているかも知れない。 

今、この瞬間、あなたは世界のどこで、何をしてますか?

寝てる人、起きた人、ご飯食べてる人、働いてる人、電車乗ってる人。

元気な人、病気の人、お腹いっぱいの人、空腹で今にも倒れそうな人。

笑っている人、怒っている人、悲しんでいる人、楽しんでいる人。

苦しんで助けを待っている人、そんな人々を助けようとしている人。

色んな人がいる。だって世界は広い。「広い」って言葉だけで現されへんぐらい、まだまだ自分の知らない世界だらけ。自分は世界のごく一部しか見ていない。全てを見る事、全てをわかる事には出家して修行して悟らない限りないだろう。

一方で、お金と時間さえ許せば、飛行機に乗り、十数時間後には地球の裏側にも行けるこの時代。

実際、遠い遠いと思っていたアフリカの国ケニアも、到着してみると「えっ、もう着いたん?ほんまに?」ってな感じだった。

確かに漂う空気、行きかう人々、交わされる言葉は違うかった。

インターネットを使えば一瞬で世界のどこでも誰とでも繋がれる。

電話もケニアのワムムと日本の九州、大阪を問題なく繋げてくれる。

そして彼らの声が聞け、顔が見れ、生活の様子を知ることが出来る。

「今、自分がほんまにケニアにおるんか?今から京王線の特急電車に乗れば、20分後には南口で友人と会えるちゃう?今から近鉄南大阪線の急行に乗れば30分後には地元の駅に着いて、家族と会えるんちゃう?」と訳の分からん事をよく考えてしまう。

要するに誰とでも一瞬で繋がれるぐらい世界は狭くなった。

国際協力って何や?先進国から来たからって何?発展途上国に住んでる人々からって何?何が違うのか。同じ人間だ。どんな環境でも人々は逞しく生きている。

確かに先進国の人々は”経済的”には豊かだ。でもその代償として多くの大事なものを犠牲にしている、と思う。

発展途上国の多くの人は経済的な豊かさはない。でもそこには人間としての豊かさと温かさがある。

世界で起こっている、貧困、飢餓、紛争、災害。全て他人事ではない。きっと自分の生活のどこかでこれらとは繋がっている。かと言ってこれらを止める事は自分には出来ない。

私たちはこの広く狭い世界で私たちは生きている。

自分がこの世界で、色んな人がおるこの世界で何が出来るのか、何が出来ているのか?


自分一人では何も出来ないのが私。
自分の手の届く範囲なんて限られている。
でも、誰かと手を繋ぐことによって手の届く範囲は広がる。
その誰かは多いほど良いだろう。


高望みはしない。焦らない。まずは自分の出来る事を続けていく。それが後々、勝手に道になってるはず。