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2011年8月3日水曜日

Smile Africa Charity Run!

Sports Dayの筋肉痛がまだ癒えきっていないその週末。
7月31日、ケニア最大のキベラスラムで行われたマラソン大会に参加してきました!

"Smile Africa Charity Run!"と題されたこの大会。
今年で3回目を迎えるこの大会。

毎年、このマラソンの時期に合わせ、
日本からの靴に大喜び!
Wamumu Boys!
高橋尚子選手を中心とした"Smile Africa Project"のメンバーの方々が日本中に声をかけて、使わなくなった運動靴を集め、アフリカに届けてくれている。

私の任地、ワムム更生学校も、今回、70足の運動靴を頂いた。
いつもグランドでは裸足だった子どもたちも、
今は、日本から届いた靴を履き、毎日走り回っている。





今回は会場にKESTESブースも出させてもらう事になり、KESTESメンバーとして10km Runに参加!
※KESTES:Kenya Students' Educational Scholarship。協力隊員により運営されているケニアの子どもを対象とした奨学金制度





 今回参加したJICA関係者!総勢。。。大勢!!

 Qちゃんと記念撮影!
キベラスラムを横目に走る今回のコース。
コースは未舗装で、石や砂利やらでぼこぼこな環境。

8時予定から2時間半遅れでのスタート。まさにケニアっぽい。

コース途中から、キベラの子どもたちも参戦。
スリッパや裸足で、ランナーたちの伴走、
コース脇からは、子ども達が"むじゅんぐぅ~"と声援をくれ、
コースを横切る牛達と牛飼いの人と挨拶など、スラム街ならではの雰囲気を楽しめた。

一番驚いたのは、コースにゴミが全然落ちていなかった事!
聞くと、大会前日にスラムの住民の人たちが、ごみ拾いをしてくれていたとの事。
左がキベラスラム。 

閉会式でQちゃんが”みんなで楽しく走るためには、まず、ごみを捨てないことが大事。”と良い事を言っていた。

スポーツを通じて、きれいな街づくり、環境教育!
少しの人にでもいいから、このメッセージが届いてたらいいなぁと思う。

マラソンの結果は、48分45秒で10km完走!!
2年前に日本で走った三浦マラソン大会はたぶん、43分ぐらいやったはず。。。

まぁ標高1700mのナイロビ、未舗装のコースやったことを考慮して、まずまずの結果という事にしておこう。

次は9月10日、任地のMweaである"Mwea Classic Marathon"。
ハーフに挑戦しようか悩み中!

22-1エチオピア隊からさとぴぃも参戦!
日本人の中でぶっちぎりの1位!

2011年3月2日水曜日

ハートにシュート!

ケニアではJOCVとケニアの子どもたちとスポーツ等を通じた交流イベント”ハートに○○”というイベントが数年前からある。私の前任者の方も”ハートにホームラン”と題して日本人チームv.s.ワムムボーイズで野球イベントを開催していた。


そして先週の土曜日、ナイロビにあるゲタスル更生学校で”ハートにシュート”と題したサッカーイベントが開催されたので、ワムムボーイズを51人乗りバスに詰め込んで参加してきた。


試合形式はナイロビにある更生学校2校、ゲタスル&カベテとワムムの3つの更生学校による総当たり戦で、優勝チームがJOCV率いる日本人チームと対戦。


結果:
第一試合:カベテ○ 4 - ? ●ゲタスル
第二試合:ワムム○1 - 1 ●カベテ
          (P.K. 4 - 3)
第三試合:ワムム○ 1 - 1 ●ゲタスル
           (P.K. 3 - 1)
第四試合:ワムム○ 2 - 0 ●JOCV


ワムムボーイズが健闘し、JOCVチームまでも破ってしまった。試合を重ねるごとにパスのタイミングも良くなり、見ていても楽しかった。やはりいつもと違うプレッシャーの中でやるのは非常に重要だ。でも懸念していたDFラインの不安定さがやはり見られた。


私も第四試合JOCVチームのセンターバックとし参戦。2点目の失点はどフリーの私の自陣でのトラップミス(だってイレギュラーやってんもん!)からワムムNo.1の俊足FWジョニーに決められてしまった。


イレギュラーであったとしても(←ん?グランドのせいになんかしてませんよ、全然、これっぽっちも!全然気にしてへんし!)教え子の目の前でセンターバックとしてあるまじき凡ミス。かなり悔しくて(←やっぱ気にしてる)、ケニアに来て1番頑張ってダッシュしてみたが、俊足のジョニーに敵うわけもなく。。。


週末ナイロビで用事があった私はそのまま残ったが、帰りのバスの中は歌あり、踊りありと大盛り上がりだったようだ。


案の定、週明けに登校すると、
「先生、ワムム全勝やで!日本チームにも勝ったで!」
「試合前はぼこぼこにするって先生言ってたのにねぇ!」
「あれは生徒を想ってワザとミスってくれたんやろ?」
などなどのお言葉を生徒より頂きました。


しかし、「まさか日本チームが負けるとはねぇ。(”それだけボーイズは頑張った”の意も含め)」と言うと同僚に、「ひろき、冗談はよしてくれよ。初めから勝とうなんて思ってたのかい?はははは、気は確かかい?」的な事を言われた時はさすがに、「次のGameの時、絶対削ったるねん!」と心に誓ってしまいました。笑



次回はJOCVチームをワムムに招き、ワムムボーイズとのリベンジマッチを是非とも、企画したいと思う。


JOCVチームの皆様、その際は容赦なしでお願いします!笑


勝利に酔い、へらへらと調子に乗ったプレーが目立った今日のGame終了後、「お前ら何様のつもりじゃぃっ!!」っとばっちり喝を入れてきました。


今回の試合で、良い点、これから伸ばす点などが見えてきた。
彼らの個人、そしてチームとしての成長がまた楽しみだ。


試合前のお祈り


全試合後、JOCVチームと。

ワムムの応援団。試合より写真撮影に夢中。

2011年2月7日月曜日

親知らず抜歯 in Kenya

親知らず。抜いてきました、ケニアで!

「私が日本で抜いたときはすごく痛かったよ~。」
「もう顔がパンパンに腫れて、2日間は食べれんかった~。」
「ケニアで親知らずを?しかも全身麻酔?ちゃんと起きてこれるん?」
などなど、手術の前日に経験者の方々から、不安を煽る大変参考になるご意見、お言葉を頂きましたが、無事に起きてこられました。

朝7時00分、ナイロビ病院到着。色々書類に記入し、病室へ。
Nurse:"Take your all clothes off and wear this robe."
Me    :"you mean my boxer, too?"
Nurse:"I said ALL!!"
と若干怒られ気味で、手術着に着替え手術室へ。

7時30分。
手術台に寝かされ、さっそく麻酔の注射。
”はい、ぎゅっと左手を握ってみて下さい。”。。。ブスッ!
刺された瞬間とともに激痛が走る。どうやら手の甲の細い血管に針を入れたようだ。

。。。ブスッ!

”えっ、2本も?ちょっと痛いですけど?”と思ってるうちに

。。。ブスッ!

結局、手の甲に2度打つが失敗。最後は手首の静脈に入った模様。

肘の内側に太く浮き出ている血管ではなく、手の甲、手首の細っい血管にわざわざ刺すのが、こちらのスタイルらしい。

そんな私を尻目に”Have a good sleep!”と笑顔で言ってくれるインド人のドクター。その瞬間、左手からす~っと無感覚の波が肩に向かって押し寄せ、胸と鼻まで広がった時点で意識がなくなった。

手術終了後、看護師に起こされる。
”Saa ngapi?(今何時?)”と聞いてみるが、まだ麻酔が抜けず、呂律の回らない酔っ払いみたいにしか話せなかった。9時00分だった。

また眠りに落ち、次に目が覚めたときには昼の12時を回っていた。薬をもらい、付添い人として来て頂いたJICAの健康調整員の車で、ドミトリーまで送ってもらった。

手術中、気管挿管されていたのか、喉が痛く、うまく物が飲み込めない。しかし抜かれた箇所に痛みはほとんどなく、少し腫れてるぐらい。

ドクターに”2日はソフトフードだけしか食べられへんね。刺激物&お酒はあかんで!”と言われたけど、夜は同期隊員と近所の中華料理屋で海鮮鍋を食べ、日曜には英国大使館チームv.s.日本人チームのがちんこサッカーをし、その後、専門家の方にお昼をご馳走になり、ビールまで頂いてしまいました。
ってな感じで、親知らずの術後とは思えない程、痛みも腫れもない感じ。今思えば、手首への注射が一番痛かった。

今回抜いたのは左下の親知らずとその上の奥歯の計2本。

親知らずは横向きに生えていたにも関わらず、きれいな形で抜かれてました。

アフリカの病院ってだけで、ちょっと心配やったけど、全然いけました。

歯の治療費も入ってる保険でカバーされるし、ケニアにいる皆さん、どうせ帰国してから抜こうと考えているなら、今が親知らずの抜き時かもしれません。

2011年2月1日火曜日

Wisdom Tooth:親知らず

訂正:先日の投稿で「大工さんたち」を"wahundi"と訳しましたが、正しくは"fundi"。複数形も"fundi"。スワヒリ語を勉強している皆様、失礼しました~。しかし、ケニアで話されているスワヒリ語はかなり簡略化され、英語が混ぜ合わされ、スワヒリ語って呼ぶよりこれはもはやケニア語と呼んだほうがしっくりくる今日この頃。

Anyway, 年始早々、親知らずの歯が疼きだし、ついに今週末、首都ナイロビの歯医者さんで抜く予約をしてきました。

この歯医者さん(ナイロビ病院というとても大きな総合病院の中にある)はインド人のおばちゃんが先生で、設備とか、清潔さも日本とあまり大差ない印象。受付のケニア人のおばちゃんの対応もテキパキしてて好印象やし、この歯医者で親知らずを4本抜いたという隊員さんもおるし、まぁ心配ないでしょう。

どんなに最新の設備、よく訓練されたスタッフがいても、やっぱりここはケニアです。

待合室の雑誌の散らかりっぷりと、受付のデスクの引き出しの中の散らかりっぷりには脱帽。

”領収書の紙と封筒探すのにそんなに何個も引き出し開ける必要ある?”と思わずつっこみそうになりました。まぁこれはケニアで活動されてる方々なら分かるはず。私の同僚の引き出しもどえらいことになってます。ケニア人に6S1つ、「整頓」の精神を伝授するのもありかも。

まぁとりあえず、今週末、親知らず抜いてきます。
Wish me luck. Asante.

2011年1月24日月曜日

Rafiki wa Chuo Kikuu:大学の先輩

今日、家中の壁の塗装が施され、もうどの部屋に行ってもペンキの臭いが充満してて、軽くシンナー中毒になりそう。

”また明日来るから~”と、移動した家具、泥だらけの廊下、散らかりまくった台所をそのままにWahundi(大工)は17時ぴったしに帰っていきました。

それはともかく、先週末、同じ大学で同じサークルだった先輩とナイロビで会ってきました。

現在、南スーダンで日本のNGOの職員として働いているK先輩。
先日あった、南スーダンであったスーダンから独立するかを問う国民投票があったため、ナイロビの事務所で待機中とのこと。もしかするともうすぐ、新たに一国アフリカに増えるかもしれません。

カメラを忘れてしまったので、先輩の元気な姿を関係者の皆様にお届けできないのが非常に残念です。

ナイロビで、先輩の同僚(元JOCVウガンダ隊員。しかも新任のJICA Kenyaのボランティア調整員と隊員時代のお友達。)と3人でインドカレーを堪能しつつ、大学時代の話、南スーダンの話、ケニアの話などなど。

気を抜くとここがアフリカだという事を一瞬忘れてしまいそうになる。別れ際、このまま阪急京都線西院駅に向おかと思ったぐらい。

でもここは京都から10,000km以上離れたケニアです。

そんな先輩とも次会うのはいつになるのやら。。。と思いきや、また来週会います。次はカメラを忘れないように。

2010年11月7日日曜日

Upande Ingine wa Nairobi:Nairobi Dark Side 

”ナイロビの治安は悪いとよく言われるが、行動する場所、時間帯等、ルールを守れば盗難などの被害に遭う可能性はかなり低いと思う。”
JOCV 22-1次隊 ケニア派遣 阪上宏樹 第1号報告書より抜粋。

と先日JICAへ提出した報告書に書いたばかり。
だが、ここでもう一文追加したい。

”…と思うが、被害に遭う時には遭う。重要なのは被害に遭う確立を低く保つために、常に警戒することだ。”

基本ビビリやから普段から外を出歩くときは防犯対策をして、しっかり警戒している方やと思う。

貴重品はカバンの奥に、チャックには鍵、バスやマタツでは必ずカバンは自分の前の目に入る位置で抱えるなど。

街歩いてても20mに1回は後ろ振り向くし。

それでも遭ってしもた。
ケニアのスリに。。。バスの中で。。。ナイロビで。。。

今週末、定期の健康診断のためにナイロビへ上京してました。
マタツでワムムからナイロビまで、同期隊員(隊員Hさん)と合流、そこからはバスに乗り目的地まで。

私が隊員Hさんに続きバスに乗ろうとした瞬間、我々の間にすっと音も立てずに一人のケニア人男性が入り込み、もう一人が私に続きバスに乗り込んだ。

あまりのスムーズさに違和感を感じつつも乗車。
我々は最後列の座席にHさん、ケニア人α、私、ケニア人βの順で着席。背負っていたリュックは足元に。

ケニア人α、βは今時な若者の服装で、手には大きな封筒、大きなポスターを持っていた。
「手元を隠せるものを持っている乗客には注意するように。」とJICAのスタッフやスワヒリ語の先生も言っていた事を思い出す。

ケニア人αを挟んで座っているHさんに呼ばれ、目を向けるとHさんが「ウェストバッグのチャックが半分空いたから、こいつら要注意やで。」と日本語で忠告してくれた。

程なく、私の左横のケニア人βは異常なほどに密着してきた。
目線は窓の外をどこに視点を合わせることでもなく眺めている。
こんな奴らも危険だ!と言われていた事も思い出す。

ズボンのポケットに入っている財布と携帯を確認。
大丈夫。まだある。

その間、βは”ちょっと暑ない?窓空いてへんの?”と私に話しかけてきた。その日のナイロビは朝から雨が降り、暑いわけがない。”明らかにこいつら怪しいなぁ。”と思った。

その次の瞬間、我々の前列に座っていたケニア人γが後ろを急に振り向き”警察が前方にいる!シートベルトしめろ!!!”と叫んだ。

きた~!!!これが噂の”前に警察、シートベルトしめろのパターンや!”と彼らが泥棒である事を90%確信した。

なぜなら、このパターンでJOCVがスリ被害に遭った事例を聞いた事があったからだ。

ケニア人βが”ほんまか、ほんまか?”と私の前へ乗り出してきた。
ケニア人αは同時に”これがお前のベルトやぞ”と親切ぶって話しかけてきた。

βの動きが明らかに怪しい。私は思わず、目の前でケツを突き出し、前に乗り出すβを押し、手を掴み、"Excuse me. What the f○○k are you doing there?(そこで何しとんねん!)"と私。

するとバスがたまたまか、彼らの計算通りか止まり、α、β、γの三人組はそそくさとバスを降りていった。

時はすでに遅し。あまりにも一瞬の出来事。10秒ぐらい。

リュックを見ると見事に上部がぱっくり切られていた。
リュックには現金、カメラ、ノートパソコンなどの貴重品が満載。

案の定、リュックの一番上に入れていたスーパーの袋がない。
それ以外は無事だった。思わず笑ってしもた。

だって袋の中にはネギ、しっなしなのキャベツ1/4、食べかけのパンやったんやもん。これ盗んでどないすんねん!ほんまに。
って俺も何でこんなんカバンに入っとんねん!笑
俺の代わりにちゃんと食べてくれたやろか?

被害総額約Ksh15(¥20程)。

ふと床を見ると剃刀の刃が落ちていた。
たぶんβの手を掴んだときに咄嗟に捨てたのだろう。
あぁ こわっ。

今回学んだ教訓:
・貴重品はカバンのできる限り奥へ

・”こいつら怪しいんちゃう?”と感じたら、その時点で席を変える、バスを降りる。

彼らはプロのスリ。これを生業としている。実行するまでの導入、技、チームワークはかなりのもの。
欲しい物だけ盗って、さっさと消える。

被害を未然に防ぐためには、この導入の段階で、いかに気づき、いかに判断するかにかかるのだと今回思い知った。

Ksh25で怪我もなく無事で、これだけ学べた。それだけで儲けもんやと考えたい。
ケニア生活に慣れてきたこの時期に”もう一回ちゃんと気を引き締めろ”と言われてる様だ。

同期隊員の皆さん、気をつけましょうね。

2010年10月5日火曜日

ケニア女子バレーボール

今週末、ナイロビに上がった理由は3つある。
1つ目は 22-2のカリブパーティ。
2.つ目はNairobi Agricultural International Trade Show

そして3つ目は、ケニア女子バレーボールチームの練習の見学。

皆さんご存知でしたでしょうか。ケニアの女子バレーバールチームは10月29日から日本で開催される バレーボール世界選手権にアフリカ代表として出場します。

このチームの監督が、なんと入澤さんという日本人。そして入澤監督はJICAの短期ボランティア(10ヶ月間の任期)としてケニアに来ているのである。

入澤監督とは9月上旬にたまたま、ナイロビのJOCVのドミで初めて会って、ケニアチームの事を色々話していただいた。その時、その場にいた同期隊員で「是非、練習を見学させてほしい」とお願いすると、「いいよ」と快諾して頂いた。

ケニアの選手は背が高く、手足が長く、すごくパワフル、かつ美しかった。
厳しい練習、選手の最終選考前のピリッピリッとした緊張感。
そんな中でも、選手と監督の顔には時折笑顔があり、すごく良いチームだなと感じた。みんなのバレーを楽しんでいる感が手に取るように伝わってきた。

決して流暢ではない英語とスワヒリ語でのコーチング。最終的に監督が使うのは日本語。練習中、選手にに飛ばされる檄も日本語。

しかし監督の技術と想いは選手たちには確実に伝わっていた。
監督は心と心で選手と会話していた。

練習を見ているだけなのに、その雰囲気に思わず鳥肌がたち、胸が熱くなった。

入澤監督は非常に気さくで、何でも話してくれる。ケニア人のコーチングにおいて苦労した事、学んだ事、普通なら聞けないチームの諸事情などなど。すごく面白いし、すごく勉強になった。言葉の節々に事の本質をつくキーワードがごろごろあった気がする。

入澤監督と12名の選手は近日中に日本へ出発し、大会までの最終調整に入る。
鬼監督による鬼の練習に耐えた選ばれしケニアの選手たちがどんなプレーを見せてくれるか本当に楽しみである。

2010年10月4日月曜日

カリブパーティー

今週の10/2(土)はナイロビで新隊員を歓迎するカリブパーティが開催された。
カリブ(karibu)はwelcomeの意味。


1年に4回、世界各国へ派遣される青年海外協力隊。私は平成22年度の1次隊。今回は先週ケニアに着いたばかりの平成22年度の2次隊、8名のカリブだった。


6月22日にケニアに到着し、8月中旬に各々の任地に散らばった22-1のメンバーがナイロビに前日、前々日から再集結。食事の準備、パーティでの歓迎ダンス(ピンクレディーのUFO)の練習をしながら、それぞれの任地、配属先の近況報告。久々にみんなの元気な顔を見れてほんまに嬉しかった。任地では10時PMには寝てるのに、この週末の平均就寝時間は3時PM。同期隊員、先輩隊員との話は尽きることはなかった。


今回のパーティの幹事である我々22-1で会場の飾りつけ、カレー、アボガドのサラダ、フルーツポンチ、たくさんのティラミス、あべだすのバナナパンケーキなどの料理が準備された。JICA職員の方々からはちらし寿司、たくあん、大福、コロッケ、ケーキなどの差し入れ。ワムムでは絶対作らない、作れない品々。最高にうまかった。




見事にUFOを踊りきった22-1のメンバー19名。
※真ん中の隊員が持ってるキリンは活動のためナイロビまでこれなかったモンバサ隊員1名の代わり。








次に全員で会えるのは12月。その頃にはケニアについてから6ヶ月、半年が経過している事になる。ほんとにこの初めの3ヶ月は長かったが、あっちゅう間だった。このように2年が経つのだろう。

一瞬一瞬を大切にいこう。
Live as if you were to die tomorrow.
Learn as if you were to live forever. by Mahatma Gandhi

2010年7月15日木曜日

Soko la Toi ~Toi市場~



















今ナイロビで滞在している場所から徒歩20分ぐらいのところにToi Marketと呼ばれる市場がある。ここではジーンズ、Tシャツ、靴、靴下、鞄、本、子供用のおもちゃ、子供服、サッカーのスパイクなど、品数豊富である。ほぼ全てがsecond-hand品、またはそれ同様の品であるが、ショッピングモールなどで買うよりは断然安い商品が手に入る。なので客層も地元のケニア人が多い。

ここに店を出している店員たちはなんと言っても陽気!会話はいつもこんな感じ。
俺 :Habari gain? (こんにちは、調子はいかが?)

店員:Niko poa. Wewe unajua Kiswahili! (調子ええで。兄ちゃん、スワヒリ語わかるんかいな?)

俺 :Kidogo tu. Nilisoma Kiswahili kabla ya kuja hapa. (少しだけね。こっち来る前にちょっとだけ勉強してん。)

店員:Je, unatoka wapi? China? (んで、どこ出身や?中国か?)

俺 :Si China. Mimi ninatoka Japani! (ちゃうちゃう。日本やで。)

店員:Oh! Unatoka Japani! Pole sana, wamerudi nyumbani! (おー日本か!W杯負けたのは残念やったな!)

・・・

てな感じで、商売そっちのけで色々話してくれて、かなりスワヒリ語の勉強にもなる。
ほんまにノリが関西の兄ちゃんって感じ!彼らと話してると、どことなくI feel homeな感じです。

ホームシックになりそうになっても、ならんくても、Nairobiにいる間はよく来ることになりそうだ。


写真
左上:マーケットの奥にあるビリヤード台。 近所のやんちゃそうな子ども&兄ちゃんたちと1PLAY。
中央:”写真とってくれぇ~”と集合した野店の兄ちゃんたち。
右上:その中でも、一番のりの良かった靴屋の兄ちゃんwith Crocks