2010年9月28日火曜日
Mswaki ムスワキ
これが子どもたちの”歯ブラシ”。
いつでもどこでも彼らはこれをくわえている。
そして彼らの歯はとても白い。
作り方:
1. その辺の手ごろな枝を見つける。
2.先っぽの外皮を剝く。
3.外皮を剝いた先っぽを噛んでワシワシにする。
以上。
歯ブラシをそこらへんの枝で作るからと言って、ケニアのスーパーに歯ブラシが売ってない訳ではない。実際売っている。
問題はその歯ブラシが「これ靴用?」って思うほどデカイのだ。絶対奥歯の裏には届かんやろなと思うほど。。。
日本を経つ前に愛すべき後輩が「アフリカにはどでかい歯ブラシしかないですから!」と言って渡してくれた、極細毛&小型ヘッドの歯ブラシ2本が尽きた時、枝に手を出そう。
Mt.Kenya!
5時に起床、朝食をとり、6時に学校に行き1週450mぐらいあるグランドを10週。
その後、6時30分にドミトリーから出て学校の掃除をする児童を見て、帰宅、シャワーはあるが水が出ないシャワールームで盥に水をはり汗を流し、7時45分からのスタッフミーティングに間に合うように出勤。てな感じ。
初対面を果たした瞬間、思わず両手を合わせて拝んでいた。日本人は、神道、仏教が広まるさらに前から山や川や空には神が住むと信じていた。俺もそう思う。まぁこの話はまた後日書きたいと思う。
ケニア山は日本の富士山と比べるとスタイルはそこそこだが、やはりかなりの迫力であった。
この日の朝の景色はどの方角を見ても素晴らしかった。
北にはケニア山。東からは朝日。西には朝日の光に負けまいと美しく輝く月があった。
東京の登山部の皆さん、高尾山の何倍もあるあの山に、いつの日か挑戦したいと思います。
西:満月
2010年9月17日金曜日
持ち物検査!
そんな今日の金曜の昼下がり、抜き打ちの持ち物検査が行われた。
学校の規則として、児童はドミトリー(宿舎)に自分専用の箱などを持ち込む事は禁止されている。私物できちんと保管したい場合は職員室に預けないといけない規則らしい。
が、結果、かなりの児童がダンボールや、木材で作った手製の木箱を隠し持って私物を保管していた。
木箱と言っても相当な出来栄えである。開閉式の扉。金具をつけてちゃんと南京錠で鍵までかけていた。各々、思い思いの絵もペイントされていた。さすがCarpentryとSign Writingの職業訓練の授業やってるだけはあると思わず感心してしまった。
確かにひとりひとりに配られる固形石鹸、授業のノート、ペンなどを箱なしで自分で管理せぇっちゅうのもかなり酷であるが、規則は規則。全ての箱は回収・処分された。
しかし問題は、木箱を作るのに使っている木材、釘などの入手経路および、その箱の中身である。
木材、釘、鍵用の金具はCarpentryの教室の材料置き場からこっそり拝借したものだ。そして中身は、スタッフで共有している携帯充電器、授業で使う彫刻刀&筆、先生の教本など。これらは児童が授業中やスタッフルームの掃除中に盗ったものだ。かなりの手癖の悪さに正直ショックであった。
更生学校の児童の現実を目の当たりにした気がする。普段はそこらへんにいる子どもと変わらない10代の少年たち。時々、こいつらほんまに今まで悪さしてた子らなんかと疑うぐらいだ。先生の言うことの聞かず反発ばかりする日本の不良生徒のほうがよっぽど性質が悪いと。しかしそれは表向きの顔で、やはり中身はまだまだrehabiritateされなくてはならないのだ。
赴任してからのこの1ヶ月、考えてみると自分のことで精一杯だった。生活環境を整え、生活リズムをつくり、授業の内容を考え、ケニア人の先生文化に慣れると称し、一緒に昼寝したり。。。かなりケニア人らしく、またはそれ以上にpolepole(ゆっくり、のんびり)やらしてもらってた気がする。
でも今日、自分が児童の表面しか見てなかったんやと気づけた。今までは児童がふざけてても、ちょっと仮病使ってサボろうとしてても、掃除サボってても「おい、ちゃんとやらんかっ!」と軽く言うだけだった。それで言うことを聞く児童もいる。でも多くの場合はnatural speedのスワヒリ語での言い訳。何言ってるか分からん時も「sawa sawa(OK OK)」と言って流すときもあった。
こんな時、ケニア人の先生は"kiboko(棒)"、"masikio(耳)"といった罰を与える。kibokoは棒で児童のケツに思いっきり本気で5発、masikioは前屈し頭を股の下から出し、太ももの裏から自分の耳を掴ませるという罰だ。児童はこのkiboko、masikioが大嫌い。kibokoは本気で痛いと思う。masikioの体勢は頭に血が上りかなりきつい。でも児童は苦痛なれしてるようで、喉もと過ぎれば熱さ忘れるで、数日後、また同じ事してしばかれている。
3年間の更生学校を終えた後は、kibokoを持って正してくれる先生はいない。
しかし、俺はkibokoよりもmasikioよりも、𠮟るときももっと本質を突いて、児童が何でそういう事をしたのか、それが何であかん事なんか、を伝えていきたい。
2010年9月16日木曜日
ワムム更生学校紹介
赴任して早くも1ヶ月が経過。
ワムム更生学校は敷地がめちゃめちゃ広い。そんな学校をちょっと紹介します!
これが入り口。Makutano-Embu間を結ぶ幹線道路の途中に突如と現れるこの看板が目印!
Motto: Always Improving !
こども達が育てている花&木。これらを売りクラブなどの運営費として使われるのが主。卒業後のちょっとしたお小遣いにもなるみたい。
グランド!サッカーコート2面分ぐらい!牛糞、山羊糞にご注意を。
Shamba! (畑) ワムムのshambaはめちゃめちゃでかい!ここで毎日の食事のMaharage na Sukuma(豆とケールの葉の煮込み)、Githeri(豆ととうもろこし)で使う野菜を栽培&収穫。
毎日こども達が交代で畑仕事をしている。
ワムムから最寄の市場まではマタツで15分かかる。田舎のマタツはぎゅうぎゅう詰め。マタツ(ハイエースが多い)1台にこないだは20人乗ってました!客と客とが折り重なって乗るドア付近にしか座れなかった私の目の前にはとなりのおっちゃんの脇が。。。かなりタフな15分間でした。
ちょっとした買い物の時は絶対マタツを使わないといけませんが、なんと学校内にCanteenと呼ばれるkiosku的なお店がある。ここではパン、卵、ソーダ(もちろん常温)などが買えて、非常に助かっている。
なんとビールなどのもここでは飲める!ここには仕事終わりのアスカリさん(Security Staff)などがよくいます。
近所の市場でも飲める所はあるけど、必ず酔っ払いの客に絡まれ、必ず最後には「おごってくれ」または「20/-でええからちょうだい!」とせがまれるので、行きたくない。
なので、顔見知りだけでのめるこのCanteenはかなり良い感じ。
2010年9月4日土曜日
2010年8月24日火曜日
任地!ワムム更生学校!
ワムム更生学校はナイロビから北北東に約100kmにしている。ナイロビを北上し、Thikaという大きな街を通り過ぎ、さらに北上。渋滞がなければマタツで約2時間弱で着く距離だ。交通の便は非常に良いと言える。が、ワムムという場所には何もない。あるといえばこの更生学校。田んぼ。トウモロコシ畑。以上。近くの小さな市場へもマタツで20分。大きな街に行くときはThikaまで1時間かけて行かないと行けない。生活の便は決して良いとは言えない。
今日はこのワムム更生学校がどういう学校なのかを紹介したいと思う。
ケニア政府には、”ジェンダー・こども・社会開発省”というものがあり、ケニアで9つある更生学校(男子更生学校7校、女子更生学校2校)の1つが、私の赴任先のワムム更生学校である。
ケニアの更生学校は、ストリートチルドレンや犯罪などの経歴を持つ青少年たちの社会復帰を目的とした学校である。
更生学校にこどもが入る経緯は以下の通り。
1.こどもが警察に捕まる、または保護される。
2.裁判所で更生学校行きの判決を受ける。(犯罪が深刻である場合は少年院のような場所に収容
される。)
3.その後、3ヶ月間だけナイロビにあるゲタスル更生学校に全てのこどもが生活をする。
4.こども達は年齢、犯罪の危険度、更生の見込みなどを考慮され、各地にある更生学校に送られ、3年間そこで生活をする。ワムム以外には、ナイロビのカベテ、ケリチョ(紅茶の茶葉の栽培で有名)やカカメガなどに更生学校がある。
ワムムは、こどもたちの犯罪の危険度、再犯のリスクがケニアの更生学校の中でも一番高い学校で、窃盗などで捕まったこどもが大半を占めるが、暴行などを犯したこどもも少数いる。年齢は13~18歳で、ちっさい子もいれば180cm強のでっかい子もいる。こう書くと、ケニアの凶悪なこどもが集まっているように聞こえるが、実際にこどもたちと接すると、非常に素直で、純粋な印象を受ける。
貧しさ、路上での生活、学校に行けないなどの生活環境が彼らを犯罪へ走らせているのだろうか。ここらへんの背景は今後、ディスカッションの授業などを通じてゆっくり理解を深めたい。
現在、ワムム更生学校には125名の生徒と教師、警備を含めた約40名のスタッフがいる。
こども達はSTD5~8(日本で言うと小学校5年~中学3年)の4クラスに分けられ、週3日のAcademic Classの授業と週2日のVocation Classの職業訓練を受けている。職業訓練はCarpentry, Mechanic, Sign Writing, Bakeryの4種類あり、こども達はどれか1つの訓練を受ける。
私はAcademic Classの1つである体育の授業を担当する事となっている。
JICAの「青年海外協力隊」としてケニアのワムム更生学校に来て、更生学校のために、こども達のために、一体自分に何が出来るのか。自問自答を繰り返しているが、まだ答えは出ていない。
とりあえず、日本人の俺にしか出来ない、異文化の風を授業に吹き込み、ケニア以外の世界を見る機会をつくり、一人でも多くのこどもを笑顔にする。そこから始めようと思う。
2010年8月5日木曜日
奇跡の再会
すると突然アジア人らしき男性が私の肩を叩いた!一瞬、同期のJOCVかと思ったが風貌が違う。
誰かと思ったら、現在スーダンで働いてる大学時代の先輩だった!
驚きと感動で、It was like I got a heart attack! I was not able to utter any words for a few seconds!
世界は狭いなぁ、ってか繋がる人はどこまででも繋がるんやなと感じた幸せな瞬間でした!
もう二度と心臓止めたくないので、次ナイロビ来るときは必ず連絡して下さいね!